井伏さんと馬と富士見町

井伏さんと馬と富士見町 

 

きっかけは井伏さんでした。

富士見町高森集落で過ごしたことのある井伏鱒二さん。井伏さんの後期の作品には富士見の土地や人がよく出てきます。

昭和47年に発表された随筆「馬」。

作品によると、井伏さんは鶯と郭公の声を録音するため、高森の氏神様と毘沙門堂の間の森に出かけます。頻りに鶯も郭公も鳴いていて、井伏さんはカセットテープを回します。

高森毘沙門堂
(高森毘沙門堂)


ところが、家に帰ってテープを再生してみると、3箇所も大きな雑音が入っていたというのです。井伏さんは書きます。

「森でスイッチを入れていたとき駄馬が馬子に曵かれて通ったことを思い出した。たしか二度か三度か通った。だらだら坂をのぼって行き、暫くすると下って来て、また暫くしてのぼって行ったようだ。」

「『なんて意地わるな馬子でありましょう。駄馬を曵いて村道を徘徊し、小鳥の声に雑音を入れていたのであります。』」と録音の解説を入れ、テープを東京の病院で療養中の友人に送ります。


ところが、その日のうちに井伏さんは、タクシー屋の人から

「高森集落には今日まで馬が一匹いたが、今日を限りに一匹もいなくなることになった。今日、一人の男が空馬を曵いて村道を歩きまわったのは、馬にこの集落との最後のお別れをさせるためであった。馬にこの集落の見収めをさせ、またこの集落の道路に馬の最後の蹄鉄の跡をつけさせるためだった。」と聞きます。

そして、八ヶ岳の裾野一帯はかつて名馬の産地だったのだけれど、テープに足音を残した馬が、井伏さんにとって、この辺りの最後の馬になったと文章をまとめています。

 

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高森最後の馬が通ったと思われるお堂の近くの村道
 (高森最後の馬が通ったと思われるお堂の近くの村道)


井伏さんの文章に惹かれ、少しだけですが富士見町の馬について調べてみました。

代々高森に住まれている方のお話によると、集落では1軒に1~2頭の馬がいた時代があったとのことです。富士見町歴史民俗資料館発行の資料には「『馬は半身上』(はんしんしょう)〈馬しだいでその家の盛衰が決まる〉といわれるほど大事にされていました。」とあり、家族同然の暮らしをしていたと書かれています。(「馬と富士見町」より) この町にはたくさんの馬頭観音があることもわかりました。



井伏さんつながりで、高森周辺で出会った馬頭観音を紹介します。

富士見町高森集落周辺の馬頭観音

富士見町高森集落周辺の馬頭観音

富士見町高森集落周辺の馬頭観音

富士見町高森集落周辺の馬頭観音

富士見町高森集落周辺の馬頭観音

富士見町高森集落周辺の馬頭観音

富士見町高森集落周辺の馬頭観音

富士見町高森集落周辺の馬頭観音

富士見町高森集落周辺の馬頭観音

富士見町高森集落周辺の馬頭観音

富士見町高森集落周辺の馬頭観音

富士見町高森集落周辺の馬頭観音

(以上高森集落周辺の馬頭観音)



高森周辺には30近くの馬頭観音がありました。字だけを彫ったものもありましたが、多くは穏やかな優しい表情の観音が刻んであり、石屋に観音を依頼した馬の飼い主の、馬に対する思いが伝わってきて、心が温かくなりました。


富士見町には人と馬が共に暮らした長い歴史があり、町内に1000頭もの馬がいた時代もあったそうです。

明治中期に馬市や種付け場があったという乙事地区公民館裏
(明治中期に馬市や種付け場があったという乙事地区公民館裏)


乙事地区にある馬伏場の跡地
(乙事地区にある馬伏場の跡地)


富士見競馬場があったという現在の富士見地区白樺団地
(富士見競馬場があったという現在の富士見地区白樺団地)


農業や運送業の機械化、戦時中の農馬の徴発などにより、姿を消した富士見町の馬。実際に馬と生活をした人はもちろん、家に馬はいなかったけれど身近に馬がいたのを見ていたという人も少なくなっています。

でも、富士見町にたくさん残っている馬頭観音から、観音の依頼人(馬の飼い主)の、馬を大切に思う気持ちを伺うことができます。

今でもわずかに残っている馬の装具や馬関係の道具からも、先人の知恵や工夫がわかります。

井伏さんの文章から馬子の思いを推し量ることができたように、昔話や様々な文献からも人々の馬との関わりを知ることができるでしょう。

かつての馬と共にあった生活を知ることの意味を考えさせられた時間でした。


みんなさんも、馬頭観音に会いに富士見町にいらしてください。

馬の装具や馬が曵いた道具、復元馬小屋、など馬に関する豊富な資料が富士見町歴史民俗資料館にあります。こちらも是非覗いてみてください。
そして、馬と共に暮らした生活があったことに思いを巡らせて、少し豊かな時間を過ごしてください。


参考資料
 井伏鱒二「馬」(「井伏鱒二自選全集10」「井伏鱒二全集増補版14」)
 富士見町教育委員会編「高原富士見 ふるさとの語り草」
 富士見町歴史民俗資料館作成リーフレット「馬と富士見町」
 

(Written by 村上不二子)

 


 

 

 

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