池袋区のどんど焼き ~いたるところに神様がいる暮らし~

池袋区のどんど焼き ~いたるところに神様がいる暮らし~ 

 

富士見町には39集落ありますが、ほとんどの集落はそれぞれ神社を持っています。

私の暮らす池袋区の神社は、かなりかっこいいです

池袋区のどんど焼き ~いたるところに神様がいる暮らし~

この階段を上がったところに神社があります。

 

集落の一年は元旦の拝賀式から始まります。
区民が神社に集まり、一年の無事をお祈りします。

池袋区のどんど焼き ~いたるところに神様がいる暮らし~

今年はコロナの影響で、役員さんのみで行う拝賀式となってしまったので、写真は以前のものです。

 

拝賀式から我が家に戻ってしばらくすると、消防団が各家に屋根に水をかけて回ってくれます。
一年間、火事にあいませんように・・・

拝賀式から我が家に戻ってしばらくすると、消防団が各家に屋根に水をかけて回ってくれます

 我が家は木造住宅なのですが、毎年のこの行事のお陰で守られているという気がしています。
こうした先人たちから受け継いできた行事で、一年が始まります。

 


さて、どんど焼きです。

区によって開催日は違いますが、池袋区では曜日に関係なく毎年1月14日がどんど焼きと決まっています。
開催時間も日中に行う集落もありますが、池袋区は夜です。

どんど焼きの1週間前の週末に、子供たちが各家から正月飾りなどを回収し、燃やせない装飾品や針金を取り除きます。

どんど焼きの1週間前の週末に、子供たちが各家から正月飾りなどを回収し、燃やせない装飾品や針金を取り除きます。

 


区の役員さんたちは、区内の林から竹や木を切り出して来て、どんど焼きのやぐらの準備をします。

どんど焼きのやぐらの準備

 

現在ではどこの集落でもかなり大掛かりなどんど焼きなので、大人が中心となってやぐらを組んでいます。
でも、お年寄りに聞くところによると、昔は「主役はあくまでも子ども達」だったそうです。
年上の男の子が指揮を執り、竹や木を取りに行くところからやっていた、との事。


もう、時効になっていると思われますので暴露してもいいと思いますが、ある年には三光寺の竹を盗みに行ったと聞きました。三光寺は町内の上蔦木という集落にあるお寺で、池袋からは3㎞近くあるります。その上、標高差は少なくても150m!
盗んだ竹を引きずって、帰りがずーーーっと上り坂ですから、子供たちにはさぞかし大変な作業だったと思われます。

 

先ほど「現在は大掛かりになり・・・」と書きましたが、当時も2段のやぐらを作ったという話も聞きました。子供の数も多かったし、実体験を通じていろんな作業に秀でている子供も多く、かなり大きなものを作っていたのかもしれませんね。

また、よその集落から、そのやぐらを壊しくるという争いもあったようです。
男の子たちが、夜通しやぐらの中に泊まり込んでやぐらを守ったという話を聞きました。
当時の子供たちの活気ある生活ぶりが目に浮かびます。


さて、今年のどんど焼きに話は戻ります。


池袋区のどんど焼きには、他の地域にはない、自慢すべきものがあります。
井戸尻考古館が池袋区の地籍になるので、考古館の道祖神の前で縄文式に火をおこし、その火がどんど焼きに使われます。

夕方6時、関係者が道祖神に集まりお祈りして作業開始です。
初代館長の武藤さんによると、この道祖神は池袋区内にあった「お荒神(おこうじん)」と言う火の神様を移したものだそうです。

道祖神に集まりお祈りして作業開始

(小松館長撮影)

 

火をおこす係は毎年小学高学年生の2人。
火おこしに使われるのは井戸尻考古館手作りの道具、火鑽臼(ひきりうす)と火鑽り杵(ひきりぎね)です。
臼の穴に杵を入れて擦り合わせて火種を作る、よく見るあの図です。

上から下に力を入れてこすり合わせていきます。
かなり疲れる作業なので、上から下まで行ったら二人で交代で行います。


うーーーん
なかなか難しい・・・
という事で、ここで助っ人登場!!


擦れて出来た木の粉に火種ができてきました。

出来た小さな火種を麻の繊維に取り、少し息を吹き替えた後にぐるぐる回して火をおこします。
この動画では残念ながら火が起こらずに消えてしまって、再度挑戦となりました。

 

その時は突然やってきました!
回していた火種から急に火が起こって、思わずびっくり!
用意していた松明に移して、どんど焼きのやぐらに運びます。
火が付いた時はちょっとびっくりしましたが、勿論、大人も周りについていて安全対策は万全の状態で行っています。

 


竹で組まれているので、パンパンと威勢のいい音が響きます。
とても幻想的な景色です。

竹で組まれているので、パンパンと威勢のいい音が響きます



とても幻想的な景色です

燃え盛る火が収まり熾火(おき火)になるのを待って、各自持参した繭玉を焼いて食べます。
この火で焼いた繭玉を食べると、一年、無病息災で過ごせると言われています。 

この火で焼いた繭玉を食べると、一年、無病息災で過ごせると言われています


この地方では、どんど焼きの時期になると、各店舗の店先で繭玉を飾るための柳の木が1本100円くらいで売られるようになります。
それを見ると、「あ、繭玉を作らなきゃ」って思い出すんですね。

こうして継承されてきた行事には意味があります。
その根底には、日本人の心に育まれて来た「八百万の神さま」。
つまり「自然、万物のあらゆるところに神様がいる」という信仰がもとになっているのではないか、という想いに至ります。

私たちを取り巻くすべての事に感謝しながら、この地域で暮らす幸福を感じています。

小松館長のfacebook投稿記事
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=1295332774178830&id=100011063584879

 

 

(Written by エンジェル千代子)

 

 

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