(池袋)
【 写真脇の( )は、町内の地区の名前です 】
3月から5月にかけ、この町は、百花繚乱、新緑が輝く日々になります。
体中が洗われるような思いで緑を眺めながら、この土地で人々は自然と共にどう暮らしてきたか知りたくなりました。
今回はこの町の人たちの木と農作業への関わりを探します。
(信濃境)
富士見では春はコブシの花と共にやってきます。集落の向こうの森や道路沿いの林の中のあちらこちらで白い固まりが光ります。
「コブシが『があと』(たくさん)咲く年は豊作」と言い伝えられているそうです。「コブシの花が下を向いて咲けば豊作」と言う地域もあるそうです。
(高森)
コブシの次にサクラの花がやってきます。まず集落の近くでソメイヨシノが咲き始め、1週間遅れてカスミザクラ。枯山にうす桃色の明かりが点々と点いたよう。辺り一面華やぎます。
「サクラが咲いたから苗代の準備を始めざあ」なのだそうです。
(池袋)
水辺を好むハンノキ。かつては田んぼの周りにたくさん植えられ、米作りに利用されていました。春は若葉を緑肥として代掻き前の田んぼに入れ、秋は木の幹が稲のはざかけ用支柱に使われたそうです。水田とハンノキ。風情を感じますが、今は見ることができません。
(田端)
雑木林の芽吹き。緑のグラデーションが鮮やかです。雑木林の木々は葉を育て、落ち葉になり、冬の間に腐葉土に変わります。今でも雑木林で落ち葉かきをし、腐葉土を作っている農家の人が、「雑木林の腐葉土を入れるといい土になる」と話してくださいました。
(乙事)
5月に入ると、林のあちこちが薄紫に染まります。フジの花です。こんなにたくさんあるのだから、何か言い伝えがありそう。探してみたら、ありました!
「フジの花が返り咲くと凶作」
(高森)
田んぼの土手一面に広がったクサボケ(ジナシ)を見つけました。枝先の小枝を折ってナスの苗の根元に置くと、苗が病気にかかりにくくなるということでクサボケを利用した時代があったそうです。ジナシ酒のほかにこんな活用のしかたがあったのですね。
(小六)
江戸時代からの歴史があるという富士見町の防風林(風切り)。八ヶ岳を巻いて吹く強風に苦しんできたこの町にはたくさんの防風林がつくられ、今も残っています。夏の南東風、冬の北西風に対して垂直方向に植えられたアカマツやカラマツが風や霜の被害から農作物を守ってくれます。
景観としても美しく、風切りツアーをやってもいいかも。
(小六)
年中行事の中にも、木と農業の関わりが見られます。
1月13日に「まゆ玉」を作ります。豊作を願って米の粉でイネの穂や野菜、まゆ玉の形を作り、ヤマネコヤナギやイヌコリヤナギ、ズミなどの枝にさします。枝にさしただんごは神棚に飾り、1月15日のどんど焼きの時、火で焼いて食べます。
だんごをさす植物を「だんごばら」と呼んだそうですが、なぜ、ヤマネコヤナギなどの木を使ったのでしょう。枝がしなるから焼きやすいのかもしれません。今では「だんごばら」が身近に少なくなったからなのか、正月が過ぎると町内のスーパーで大量にヤナギの木が売り出されます。
写真はヤマネコヤナギ。
(上蔦木)
これはヌルデ。ヌルデを使う年中行事が「もちがゆ」です。
1月15日、朝がゆの中にもちを2~3個入れ、ヌルデで作ったかゆかき棒で煮え立つかゆをかきまわすのだそうです。でき上がったもちがゆは年神様やえびす様に供えた後、家中で食べます。かゆかき棒は神棚にあげておき、苗代田を閉めた時、豊作を祈って水口の畦に立てかけたそうです。
今でも「もちがゆ」を続けている家庭はあるでしょうか。
(乙事)
農作業を助けてくれるものとして、また、豊作をもたらすものとして、人々の生活の中にあった木々。今の私たちが引き継いでいくべきものは何でしょう。この町の豊かな自然と共に暮らすあり方をあらためて考えてみたくなりました。
それにしても、富士見の春はきれいです。木にまつわるこの町の人たちの思いを知ったことで(ほんの少しですが)、一層、花や若葉が目に飛び込んで来るようになりました。
*地域のお年寄りのお話や「富士見町の植物」(富士見町教育委員会編)を参考にしてまとめました。
(Written by 村上不二子)